モラルを守れと叩くことについて

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Twitterをやっていてどうしても理解ができないのがこのことだった。
批判がよくないとは一切言ってないんですが、論理もなく感情をぶつけるだけ、自分の正義をぶつけているだけのものはそもそも「批判」にすらなっていないない、と私は思っている。

「批判がよくないという人は」という文言よく見るけれど、「批判とは何か」という定義がなければ議論にならないと思ってるので、
私の中では「(論理のある)批判がよくない」とは思わないけれど、「(一方的に主張をぶつけるだけの)誹謗中傷や叩きは良くない」とは思う。

で、「モラルなんてないよ、ネット(Twitter)なんてそんなもんだろう」と開き直る人に対しては意外となんとも思っていない。
おそらく「良くないこと」だとわかった上でやっているのを感じるから。
そこには正義もモラルもない。

私が引っかかるのはただ、
「モラルを守れ、という人が自分を振り返らず、正義感をたてに他人を叩くこと」に尽きる。




「誰かの為に叩いてる」と主張しつつ、批判する相手には「自由だろ」という行為。
だったらその叩いてる相手の発言も「自由」なんですよ、それは認めようよ。と思うんです。
だけど、それには「許せない」「責任を取れ」と憤る。
この矛盾をどこでどうやって解決してるのだろうかとただただ不思議。

答えらしきものを見つけたと思ったらそこには
「インフルエンサーだから」「有名だから」「ブロガーだから」「Twitterだから許される(?)」。

そんなルールを誰が決めたのか、私は知らない。

では、「自分を棚に上げていい世界」で「過去の発言の矛盾で炎上するインフルエンサー」がいること。
これ自体が矛盾してはいないか。
「影響力があるんだから」とモラルを守れと主張する人間が
「他人の目を気にしないで自由に毒を吐いていい」という矛盾。

あなたにも影響力はありますよ。

あなたの発言で、「Twitterは毒を吐いていいところ」と理解した人が誹謗中傷繰り返し訴えられたとして、あなたは責任が取れますか?
それをなぜ、インフルエンサーに「だけ」求めるのか。

要するに大小・数の問題。
「少ないからと言って良いわけじゃない」。

有名人やブロガー・インフルエンサーがやってはいけないことは
「自分もやってはいけない」のではないのか。

イケダハヤトさんの「会社員煽り」に対して怒る層が、「馬鹿にするな」と言いながら、
彼を中傷したりバカにしたり、見下す行為を目にすることがあまりにも多い。



私がモラルを守るべきだと主張しているのは(基本的に誰かに押し付ける気はない。発言の真意を聞くことはあるけれど。)規制が嫌だからです。
できればネットは自由(責任とともにある前提)で、規制がないままであってほしい。
それを実現するにはモラルは必須だと思っている。

だけど、モラルなんていらない、自分を省みず、毒を吐いていい。全世界だろうが独り言のように好きなことを言ってもいい。自由だ。

「気に入らないから叩く、何が悪い」
「嫌いだから、ストレス発散に毒を吐く。自由でしょ?」

行き着く先は規制しか見えない。
そんなネットを子どもにやらせたいとは思えない。
少なくともリアルの人間関係と同じように、「言論は自由だけど、相手のことを考えて発言しようね。」ということを
私は子どもや次の世代に伝えたい。

理想論だと言われるけれど、理想は掲げていたい。

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