ペットを飼う、ということは人間のエゴである、という大前提。

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はあちゅうさんのツイートで炎上してますが、それを見て色々考えてしまったのでブログにまとめてみました。
はあちゅうさんのツイートはあくまでキッカケで、それに対しての意見ではありません。
ただ、表面的に叩いたり同意するのではなくて、できるだけ深く考えたいなと。

賛否両論の意見が溢れる中、「そもそもペットを飼うこと自体エゴなのでは?」と言う意見を見て衝撃を受けました。

これ、私小学生のときに考えたこと。(一笑されたけど)
なんかもやもやっとした言い分しかかけないなあって思ってたけど、私の考えの根底にはこの気持ちがあって、
だけどそれを言うことは怖かった。
私自身にも降りかかってくるし、ペットを飼ってる人たちに刺さる言葉だと思ったから。

でも、根本的にこのことは忘れちゃいけないことだと思う。




ペットを飼うのは人間のエゴ。ご飯を与え、住処を与え、この子は幸せだ、と言い張っても、それは世界を人間の世界にしてしまったことが根底にあって、
例えば改良もされず、自然界の中で野生として(たとえ捕食されても)生きていくことと、人間の世界で人間と暮らすことどちらが幸せかなんて、人間には決められない。

そもそも、「人間用に改良すること自体」が人間のエゴでなかったらなんなんだ。と。

で、動物を飼って放置したり、捨てたり、虐待したりする事は絶対に許されないことである、というのは至極もっともだし当たり前のことなのだけど、
ペットを飼うという行為そのものが人間のエゴであるという認識は忘れてはいけないのだな、と思った。

盲導犬や警察犬も、人間の為に古くから働いてる馬も、競馬や犬ぞりも、全て。
全部「人間のものさし」で図った上で正当化してるだけ。

ペットを飼ってはいけないとは思ってない。
私も飼ってたし、また飼いたい。
今の世の中、人間の力なしで生きていけない動物がきっとたくさんいる。だから、「ペットを飼うなら全力で幸せにすること」が求められるのだと思う。
だけど、だからと言って「私はペットを幸せにしてるんだ!」という意見を盾に他人を叩く人を見ると、それはちょっと違うのでは?と思うのです。

人間のエゴがあって、その上で最善を尽くすこと。与えてくれることに感謝を忘れないこと。
それを求められているのだろうなと思う。



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