「無料」は必ずしも「相手のため」になるわけじゃない

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先日、まさにそういう考えの方がいる、どうしたらいいか、という話を聞いて改めて「お金を稼ぐことってなんだろう」と
話しをしながら考えたのでまとめてみます。

「お金がないと誰も救えない」

私もボランティア的な活動がしたいんです。
去年独立してから、ずっと考えていたし実際に作りかけてた。
買い物するたびに、好きなところに寄付ができる、さらにその寄付先も登録可能なシステム。

でも、自分の生活を守らないと先に進めなかった。

それに気づいて、「誰かを助けたい」とか「世の中のためになることをしたい」のなら、
まずお金を稼がないとだめなんだっておもったんです。




労働の対価を「0」にすることは、誰も幸せになれない

余裕がある人のボランティアとか、その後の「なにか考えがあって」のことだったらその「考え」次第だけど、
「お金をもらうのが申し訳ない」という理由なら、誰も幸せになれない。

私もWEB制作をしていて、最初は無料で「作らせてもらう」こととかもしてたけど(ほんとに実績ゼロなころ)
それですら、いいことはなかった。スキルは上がったけどね。

「無料でやってもらえる人」は感謝しない。

「無料でやってもらえて当たり前」
「無料程度のもの」
って思われるんです。これほんとに。
結構仲良くさせてもらってた人ですら、そういう感覚になってて結構なショックを受けた。

その後

「無料でサイト作ってくれる人募集!走り出しの方とか、プロじゃない方でもOKです!」

っていう募集を見るたび
「ああ、私こういう人を作ってしまってたんだな」と反省した。

「私のスキルが足りないから、無料でやらせてください」っていうのは、
「製作者側から」言うべきことであって、
依頼者が「無料でお願いします!」っていうのはほんとに頭がおかしい。

飲食店行って、「見習いの調理師さんでいいので、無料で提供してください!」って言ってるようなものですよ。

で、なんでだろう?って考えたんですけど、
【本当に無料でやってもらわなきゃいけない】ってほど困ってないんですよ、実際は。

要するに、ボランティアでやってあげる必要がある人じゃない。ってこと。

本当に人の助けを必要としてる人は別にいるんじゃないか

本当に、「ボランティアがしたい」「世の中のために何かがしたい」というのなら、
対価を頂いて、その分しっかり価値を提供したら良い。
そして稼いだお金で、本当に必要な人に届けたら良い。
そのお金で生活が成り立った上で、労働力を提供したら良い。

あなたに仕事をしてほしいと依頼してくる人は、ボランティアを求めてるわけじゃない。

寧ろ私なら、お金払うから言いたいこと言わせて!って思うかな。
無料だと申し訳ないと思ってしまったり、どうしても「しょうがないか」ってなっちゃう。

ビジネスをボランティアは切り離して考えるべき。

本音は自信がないだけでは?

と、「上辺の言葉」だけを「本心とする」なら、ということで書いてきたけど、
本音は自信がないだけなんじゃないのか、と思うのです。

私は「自信がないことがダメ」だとは思わない。
常に自分に満足してる人がダメな場合もある。

でももし、提供するサービスに「お金を払ってもらう価値がない」と思ってるのなら、
そんなサービス提供しなきゃいい、と思ってしまうんですよね。

それって「自信がない」という思考回路から生まれる行動だけど、
本質としては「自信がある、なし」の問題じゃないよね。

最低限「求められてるものを頂いた価格の中でできる限りの価値を提供する」って気持ちがないなら、仕事なんてできない。

前に書いた仕事ができない話と通じるものがありますが、
「自信がないからお金もらえない」じゃなくて
「自信がない」なら「どうしたらいいか」
「どうしたら喜んでもらえるか、頂ける価格の分価値を提供できるか」を考えるべきである。

なんだか「ビジネスの基本」に立ち戻った気持ちです。

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