「信用できない人」は「悪い事をした人」ではなく「結果に対して理屈がわからない人」

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すっごくここ数日考えてしまった。
「信用できない人」ってどういうことだろう。

私は基本的に、「誰が言ってる」っていうことで判断しない。
特に仕事では。プライベートでも、できるだけ「感情としてはこう思う」「でも理屈としてはこうだよね」って分けて考えるようにしてます。
じゃないと自分でも混乱するから。

そう考えたときに、私が信頼できない人、というか、怖いなって思う人って、
「悪い事をする人」ではなく(それも怖いんだけど)
「結果に対して理屈がわからない人」でした。

なぜそれをしたの?という問いに対して理論がない人




例えば、

■「お店からおにぎりを盗みました」って人がいます。
その人に、「何で盗んだの?」って理由を聞いたら
「自分のお金を使いたくなかった」。

■「店員さんにおにぎりただでくださいって頼んだ」と言う人がいます。
理由を聞いたら「そのおにぎりは自分が食べないとダメだと思ったから」。
「頼んだだけ」だから、犯罪は犯していません。

前者は、ものすごく自分勝手だし、実際犯罪だけど、この人のいうことは「理解はできる」んですよ。
後者は、実際犯罪を犯したわけではないんだけど、私は「信用ができない」と感じる。
なぜなら、「理屈が理解できない」から。

実際は、「なぜ自分が食べないとダメだと思ったの?」ともう少し追求しますけど。
それがどこまでいっても理解できない人がいる。

でも前者のほうが「悪い人」なんですよね。結果としては。

「悪いことと知ってるけど、自分にこういうメリットがあるからやりました」っていうなら、
それは確かに人間としてどうなの?って思う部分もあるけど、少なくとも「なぜこういう行動をしたか」を理解できるから、
それをわかった上で「じゃあ私はこうしよう」っていう対応が可能なんですよね。

人を見るときに、結果だけじゃなくプロセスや理由を聞くことが大切なんだなと。
そう考えたら、「前科があるから悪い人!」っていう決め付けもなくなる。

理解不能な事実があったとき、私は「想像しよう」と思うのです。
「前科がある人」に対しては、

もしかしたら、冤罪かもしれない。
もしかしたら、脅迫され続けたからかもしれない。
もしかしたら、大切な人を守るためだったかもしれない。
もしかしたら、法律のほうが間違っているのかもしれない。

決め付けはしない。
「結果や事実はそのまま受け止める」
その上で、「なぜ?」を聞いてから、判断する。
そう心がけています。

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